秋田さきがけ会の歴史とその時代。気になる年をクリックしてください。
昭和25年 昭和26年 昭和27年 昭和28年 昭和29年 昭和30年 昭和31年 昭和32年 昭和33年 昭和34年 昭和35年 昭和36年 昭和37年 昭和38年 昭和39年 昭和40年 昭和41年 昭和42年 昭和43年 昭和44年 昭和45年 昭和46年 昭和47年 昭和48年 昭和49年 昭和50年 昭和51年 昭和52年 昭和53年 昭和54年 昭和55年 昭和56年 昭和57年 昭和58年 昭和59年 昭和60年 昭和61年 昭和62年 昭和63年 平成元年 平成2年 平成3年 平成4年 平成5年 平成6年 平成7年 平成8年 平成9年 平成10年 平成11年 平成12年 平成13年 平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年
| 昭和25年(1950年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
7月21日 秋田魁会発会式並びに第1回総会「秋田くらぶ」で。本社からは人見社長、阿曽村編集局長、山田営業局次長、熊谷販売参与、安東販売部長らが出席。初代会長に矢崎幸之助が選出される。発会式を祝って、阿曽村局長が「朝鮮問題と世界情勢」と題して講演。同総会には来賓を含め93人が出席。当時の発行部数約7万部。講読料は1ヶ月52円。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
6月7日ー13日 本社主催「平福穂庵名画展」。 24年9月に本社内に設立した株式会社「夕刊秋田」を本社に合併し、夕刊制(2ページ)に改める。戦時の用紙不足から19年3月に夕刊を休止してから7年目で復活。 阿曽村秀一主筆、西川紀三編集局長が就任。 ふりがな付き活字を廃し、新活字を採用する。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月7日 聖徳太子の千円札発行。年齢は満で数えることに。 県スポーツ賞制定。 大曲市に「ニュース仙北」創刊。 湯沢市に「国民政報」創刊。 鷹巣町大火。 朝鮮戦争始まる。 マッカーサー、警察予備隊創設を指令。 報道部門よりレッドパージ開始。 8月1日 県児童会館完成。 池田蔵相「貧乏人は麦を食え」と暴言。
配給米1升67円。ピース40円、光40円、新生40円、憩40円。 |
| 昭和26年(1951年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
6月6日 第2回総会、北海道登別温泉(第一滝本館)。本社からは阿曽村主筆、山田営業局次長、安東販売部長らが出席。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 新活字による15字詰め、15段制を採用。 武塙祐吉前社長が秋田市長に。 安達一郎、倉田儀一、山田完司の各氏が取締役に。 第1回学校新聞コンクールを主催。地下室に自家発電機を備える。 写真電送受信装置備える。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月1日 角館町に「新仙北」が創刊。 五城目町に「湖畔時報」が創刊。 大館、横手が市制に。 5月5日 「子供の日」の設定と児童憲章が発布される。 7月 根本竜太郎氏が農相に。
配給米1升94円。 |
| 昭和27年(1952年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
6月2日 第3回総会、新潟県佐渡で。本社からは人見社長、阿曽村主筆、山田営業局長、安東販売部長らが出席。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
5月6日ー12日 二科美術展(県記念館で)。 県観光30景を定める。 魁動物園を開設(12日千秋公園で)。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月4日 自衛隊が秋田市に駐屯(当時警察予備隊)。 「県南民報」創刊。 もく星号墜落。 日米講和、安保両条約が発効して戦後の占領が終わる。 |
| 昭和28年(1953年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
3月 東京紙の専売制実施に伴い、県都秋田市から本紙専売制に踏み切り、県南、県北と続いて激しい販売合戦を繰り広げる。 5月 本社講堂で総会。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月1日 第1回全県素人本因坊決定囲碁大会。 新聞休刊日。22年3月21日以来、6年ぶりに復活。 「秋田魁年鑑」28年度版から刊行。 魁式UMS全面多画刷り超高連輪転機を据え付ける。毎時12万部印刷可能。朝夕刊4ページとなる。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月15日 国体スキー、全日本スキー大会が大館市で。 山田敬蔵がボストンマラソンで優勝。 秋田短大(現秋田経法大の前身)開校。 秋田放送(発足当時はラジオ東北)が本社四階の社屋から民間放送のラジオ第一波を出す。 |
| 昭和29年(1954年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月5日 京都で総会。本社から阿曽村主筆、伊藤、安東両部長らが同行。平安神宮などに参拝。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
5月22日 創刊80周年記念祝典(県記念館で)。記念文化功績賞を勝平得之ら5氏に贈る。 講読料月額200円を230円に改定。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月1日 第五福竜丸の死の灰事件。 本荘、湯沢、男鹿が市制に。 大曲が市制に。 町村合併で大館市に。 鳩山内閣誕生。
当時の県人口131万人、米1升140円。 |
| 昭和30年(1955年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月7日 広島県宮島で総会。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
6月5日 井上広居元社長死去。92歳。 魁式全面多色刷り超高速輪転機第2号を据える。 新館増築に着手。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月20日 能代市大火 第1回世界柔道選手権で夏井昇吉六段が優勝。 大館市大火。 メルボルン五輪で小野喬が県人初の金メダル。 |
| 昭和31年(1956年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
6月4日 鬼怒川温泉で総会。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
6月11日ー19日 浮世絵芸術展(本社講堂で) 高速度輪転機を増設。 故安藤和風元社長が、東京千鳥ヶ渕公園の「自由の群像」(電通企画)に記銘される(昭和11年12月26日没) |
| ●県内国内の出来事 |
2月 本県出身の石井漠が芸能人初の紫綬褒賞。 大館市で大火。 第1回ペンシルロケット、道川海岸で実験成功。 二木謙三博士(本県出身)に文化勲章 |
| 昭和32年(1957年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
6月3日ー7日 長野で総会。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
3月 「さきがけ詩壇」を設ける。 山下清画展(本社講堂/木内デパートホールで)。 新館完成。 本県の新聞購読は24万8123部。人口比1部当たり5.44人。 |
| ●県内国内の出来事 |
7月10日 石田博英労働相、根本龍太郎建設相に。 秋田県庁焼失。 鎧畑ダム完成。 五千円札発行。 |
| 昭和33年(1958年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月12日 和歌山県高野山で総会。倉田編集局次長参加。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
魁式UMS型全面多色刷り超高速輪転機第2号を増設。 |
| ●県内国内の出来事 |
8月20日 八郎潟干拓起工式。 海底油田掘削の白竜号進水。 秋田湾臨海工業地造成起工式。 一万円札発行。 |
| 昭和34年(1959年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
2月11日 京都で総会。本社からは阿曽村主筆、山田元専務らが参加。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
4月1日 朝刊6ページ、夕刊4ページになる。 創刊85周年記念式典、秋田市体育館で。 第1回在京秋田美術展を主催(木内ホールで) 取材用超短波無線設置。無線カー走る。 「消えゆく八郎潟」写真コンテスト作品展(木内ホールで)。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月1日 メートル法実施。 皇太子ご結婚。 道徳教育を義務化。 福祉年金など国民年金法が施行。 焼失した秋田県庁完工。 NHK秋田テレビ放送開始。 |
| 昭和35年(1960年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
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| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月16日 第1回全県選抜囲碁大会を主催。 8月15日 本紙2万号迎える。講読料290円に。 機械化体制(漢テレ、キャスター方式)に入る。朝刊8ページ、夕刊4ページ。 |
| ●県内国内の出来事 |
4月1日 秋田放送でテレビ本放送開始。 八郎潟西部干拓地でクワ入れ式。 |
| 昭和36年(1961年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月16日 福井県永平寺参り。総会も兼ねる。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
8月25日 「新秋田風土記」刊。 |
| ●県内国内の出来事 |
9月2日 秋田民衆駅完成。 秋田空港開港式。 秋田国体開幕。 県民会館落成。 |
| 昭和37年(1962年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
12月30日 魁会の初代会長および名誉会長を務められた矢崎幸之介が死去。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
8月27日 本社で機構改革。業務局を営業局と総務局に分離。 講読料350円に。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月30日 沖縄に千秋の塔。 能代浅内海岸がロケット燃焼実験場に。 札幌―秋田―東京の空路 |
| 昭和38年(1963年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
2月4日 秋田魁会、新聞配達少年に奨学金制度を決定 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月10日 本社主催「入学おめでとう大会」県民会館で。 秋田放送10周年記念式。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月17日 50年ぶりの大雪、秋田市電立往生。 県北集中豪雨。米代川水系はんらん、被害1億円超す。 |
| 昭和39年(1964年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月 房総めぐり。総会も兼ねる |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
4月3日 武塙祐吉元社長死去。74歳。 「秋田の画人」刊。 創刊90周年記念祝典(秋田市立体育館)。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月13日 秋田市で12度。雪のない正月。 男鹿沖地震。 石田博英労相。 八郎潟干陸式、大潟村誕生。 東京五輪体操で遠藤幸雄氏が個人優勝。 |
| 昭和40年(1965年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
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| ●秋田魁新報社の出来事 |
5月 災害や突発事件などに備え、本社の取材車に携帯無線機を設置。ニュースカーからも電送写真が送れる設備整う。 「秋田むかしむかし」刊。 購読料月ぎめ430円に。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月 40年ぶりの豪雪。 「家庭の日」を設ける。 第16回全国菓子博、秋田市で。 秋田湾が新産都市に指定される。 |
| 昭和41年(1966年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
8月9日 県南青年部結成準備会。 9月8日 県南青年部結成部会、角館で。会員16人。会長に若松昭治。 11月18日 幹事会、ブロック班長合同会議、箱根ホテルで。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
朝刊8ページ(日曜12ページ)夕刊4ページ建てに。
1月5日 「武塙三山を偲ぶ」を刊。 2万7000号発行。 社内の機械化に伴ってファックス送受信体制整う。 本紙の「縮刷版」7月号から刊行。49年2月号まで続く。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月 直木賞に仙北郡田沢湖町出身の千葉治平氏が選ばれる。 三鉱連が尾去沢製錬所廃止をめぐって、無期限スト。 2月4日 全日空機、東京湾に墜落133人死亡。 NHKが県内で初のカラー放送。 異常乾燥のもと、五城目町富田で33棟全焼。 |
| 昭和42年(1967年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月2日 総会を本社で開き、懇親会を秋田くらぶ庭園で。 11月2日 県北青年部結成発会式。会長に江坂勝彦。会員9人。 11月 中央地区青年部発足。初代会長に森本幸一。会員20数人。 12月 95周年増紙運動12万部。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
8月20日ー9月3日 日展秋田展(県立美術館/協働社ホール)開催。空前の鑑賞者の行列を記録。 「新聞人安藤和風」発刊。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月 県内高校入試3教科に。初の革新都知事(東京)が誕生。羽田空港乱闘事件。 |
| 昭和43年(1968年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月 全県普及率50%をめざす。 11月 講読料500円に。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号80ページ。 カラー写真週1回印刷。木下サーカス公演(八橋総合グラウンドで)。 本紙連載企画「吹っ飛ばせ!県民病」が新聞協会賞を受賞。 「目で見る秋田100年」を発刊。 |
| ●県内国内の出来事 |
5月19日 全国植樹祭田沢湖で。 栗駒山、国立公園に。 大館市で4度目の大火。十勝沖地震で死者50人。パンタロン流行。昭和元禄全盛(イザナギ景気)。ノーベル賞、川端康成に決まる。 |
| 昭和44年(1969年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月 創刊95周年増紙運動13万部を達成。普及業績のあった店主ら30人を表彰。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号92ページ。朝刊12(日曜16)ページ、夕刊4ページの面建てに移行。 創刊95周年記念式典(秋田市立体育館で) 人見誠治会長、倉田儀一社長が就任。 「米と秋田の農業」発刊。 「第53回二科秋田展」開催(県立美術館) 印刷工場増設。魁式ユニバーサル8型高速度輪転機、3P2F自動紙継ぎ装置を設ける。 「ふるさとの年輪」発刊。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月22日 八郎潟干拓工事完了式。 清国が初優勝。 7月20日 アメリカのアポロ11号が月面に着陸、人類の第一歩をしるす。肥満児急増の傾向。欠陥自動車が問題化。「黒猫のタンゴ」「港町ブルース」流行。 8月2日 秋田農業大博覧会。 天皇皇后陛下8年ぶりにご来県。 AKT秋田テレビ(UHF)が試験電波を出し、12月本放送を開始。 |
| 昭和45年(1970年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
44年12月定数で14万2千部。15万部増紙をめざす。
4月16日 総会を兼ね万国博(大阪)見学。 青年部研修ゼミ。講師に小林啓善元千葉新聞社長を招く。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号100ページ。 「秋田の民謡、芸能、文芸」発刊。編集局本社3階に移る。 「さきがけ三星」発刊。 「第1回全県おはよう野球」を本社とABS秋田放送と共催。 ユニバーサル高速輪転機9型が印刷開始。最高毎時13万部。 「院展秋田展」を開催。 編集から工務に原稿送るテレシューターを設置。「さきがけ農業座談会」を県内各地で開催。増紙運動にもつながる。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月14日 根本龍太郎建設相。 秋大医学部入学式。 万国博に竿燈が出演。 鳥海ブルーライン開通式。 秋田駒の噴火。 皇太子初のご来県。 男鹿大桟橋有料道路開通。産米150万トン減産策の割り当て決定。医療費値上げ問題で全国一斉休診。プロ野球「黒い霧」追及。日航よど号乗っ取り事件。100円化粧品ブーム。ジーンズ旋風。人工衛星「おおすみ」打ち上げ。 |
| 昭和46年(1971年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
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| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号108ページ。講読料700円に。 本紙連載企画「減反を追う」がお茶の水書房から「実りなき大地」として出版される。 「益戸滄洲集」発刊。 「泰西名画と日本作家展」(県立美術館)開催。 第1回全県ボウリング大会開かれる。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月 田沢湖国体。米の減産割当10トン。 7月30日 自衛隊機が雫石上空で全日空機に接触、162名死亡。 8月6日 鷹巣で37.9度。 秋田―青森間の電化全線開通。 天皇皇后両陛下、ヨーロッパ国親善訪問へ出発。「私の城下町」「知床旅情」が流行。 |
| 昭和47年(1972年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
2年後の創刊100周年に17万部達成めざす。
5月1日 店主共済基金制度発足。 7月18日 県北地方一帯の集中豪雨。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号112ページ。 「秋田たべもの民俗誌」「秋田ドライブ紀行」発刊。 「性を考える」発刊。 「47.7豪雨」で大きな被害を受けた受けた能代、二ツ井、角館などの「水害被災者に愛の手を」と、本社、ABS、AKT三者が義援金を募集。550万円を被災者に贈る。 大曲支局新築落成。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月 史上初の根雪なし暖冬。 1月24日 元日本兵横井庄一さんグアム島で発見。札幌冬季五輪で、笠谷金メダル。連合赤軍浅間山荘事件。中国から上野動物園にパンダ到着。 4月1日 鹿角市誕生。 集中豪雨。 立県百年記念にソ連へ「青年の船」。 日本海縦貫線完全電化。 歌謡歌手東海林太郎死去。
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| 昭和48年(1973年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
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| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号116ページで全国一に。 本紙発行部数16万部突破。 7月1日 月ぎめ講読料850円に。 古村精一郎元社長が死去。80歳。 安藤五百枝主筆、鈴木哲郎編集局長、伊藤正一販売局長、常務取締役に。高瀬政忠販売局長、監査役販売局長に就任。 秋田さきがけ政経懇話会が発足。 用紙不足深刻のため、祝祭日の夕刊廃止を社告。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月11日 秋田市長選やり直し選で高田景次前編集局長が当選。 新秋田空港、雄和町に決まる。 男鹿半島、国定公園に。 常陸宮ご夫妻、秋田市での全国野鳥の集いにご出席のため来県。 県内に記録的な大雪、大曲の主婦圧死。横手で氷点下7.2度。 |
| 昭和49年(1974年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
創刊100周年増紙運動で17万部達成。
生命共済制発足。 49年度総会を秋田市クラブ朝日で。会長に木村一治。名誉会長に加賀谷正二。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号96ページ。 創刊百周年記念式典。同「読者とともに一世紀―秋田魁新報百年史」を発刊。天皇皇后両陛下の金婚式記念写真集を発売。 5月21日 本紙100周年記念特集号60ページを発行。社外一般を対象に創刊100年レセプション(招待客1200人第一ホテルで)。同協賛行事としてボリショイサーカス開催。「秋田人名大事典」を発刊。 講読料1300円に。 第27回新聞大会、秋田市で。同大会で本紙連載企画の「豊かさの条件」が地域社会に貢献した業績で新聞協会賞を受賞。2度目の栄光に輝く。また、同年4月から100周年記念事業として「花と木のある街づくり運動」を展開。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月14日 積雪が横手市で259センチ。秋田市で117センチ。過去30年来の大雪。 鳥海山に噴煙発見。 小野田寛郎元少尉が、ルバング島から30年ぶりに帰国。 三菱重工ビル玄関前で時限爆弾爆発、死者7人、重軽傷者330人を出す。 佐藤栄作元首相ノーベル平和賞受賞決定。コインロッカーへの捨子頻発。中日19年ぶりにリーグ優勝。巨人の長島選手引退表明。日本女性隊、マナスル登頂に成功。日本熱学、622億の負債で史上最大倒産。 |
| 昭和50年(1975年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
7月 18万部増紙運動展開。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号128ページ。 1月26日 朝日が青森で現地印刷。 県内11支局に、本社と結ぶ専用線とファックス、電送写真設備を取り付ける。 「M200型」新輪転機の試運転、最高スピード毎時13万部を印刷。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月30日 警視総監に本県出身の土田国保氏。 国鉄田沢湖線の電化起工式。 仙岩トンネルが貫通。 県南に53億円超す豪雨被害。同月20日には県北に豪雨、被害100億円を超 |
| 昭和51年(1976年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
12月 19万部増紙達成。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号116ページ。 初代工務局長の小島祐太郎氏死去。81歳。本紙のカラー化の充実を図るため、工務局にカラー校正機を設置。印刷方式も従来の紙型鉛版方式からジカ刷り(ROP方式)に切り替え、日曜版のカラー化に力を入れる。 ロッキード事件にからんで田中前首相を逮捕。秋田市内に1万5000部の号外を発行。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月14日 秋大医学部から初の卒業生。 石田博英氏が運輸相に。 八郎潟干拓と新農林建設事業完工式。 能代工、バスケットで3冠王に。 秋田万歳が国無形民俗文化財に。 石田博英氏が労相に。
第三種郵便料金値上げ(基本料金6円から15円に) |
| 昭和52年(1977年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月5日 総会、森岳で。 6月23日 本社専売制25周年記念式典。 9月23日 県南青年部第12回総会、古牧温泉で。 10月20日 20万部増紙達成。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
4月 全自動モノタイプに、本社独自の地名や人名漢字を追加。 新観光秋田30景を決定。 朝夕セットの発行部数20万部を突破。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月18日 秋田市長選で高田景次氏再選。 県議会議長ポスト事件で、県議20人を取り調べ。 52年産米、反収で2年連続全国一。 |
| 昭和53年(1978年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月12日 総会、本社で。年内21万部達成を目指す。同時に増紙対策、正常化両特別委員会を設置 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月16日 本県の言論報道、スポーツ振興などに功績のあった人見誠治会長死去。80歳。 人見会長の合同葬、県立体育館で。 3月1日 本紙講読料1500円に。 鷹巣支局新築落成。 大館支局新築落成 |
| ●県内国内の出来事 |
1月14日 伊豆大島沖でM7の地震。 尾去沢鉱山が閉山。 宮城県沖地震で秋田市と鷹巣町で震度4を記録。 県内各地で猛暑。秋田市で28.2度。 皇太子夫妻、田沢湖での全国植樹祭にご出席。 県南の電話100%自動化。 |
| 昭和54年(1979年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
2月11日 21万部達成祝賀会「杉のや」で。 5月5日 総会、湯瀬温泉で。22万部達成目指す。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号、前年より4ページ多い120ページで全国一。 新聞制作の近代化で社内に制作研究会を新しく設ける。 創刊105周年で本紙の歴史をつづる別刷り4ページを発行。 発送部に結束機を備える。 朝刊の建てページを12ページから14ページに変更。 「庭と花のつくり方」を発刊。 男鹿支局、新築落成。 字体を大きくしたお年寄りのページ「春夏秋冬」を設ける。 1階だった販売局を2階に移す。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月 初の国公立大共通一次試験を実施。 能工、全国高校バスケット選抜大会で4度目の優勝。 大曲の花火、西独ボンで打ち上げ、30万人の観衆詰めかける。 県中央部と県南にゲリラ豪雨。総額約54億円の被害出す。 秋田市の人口28万人を突破。 秋田ヒマラヤ登山隊の初登頂に成功。 佐々木義武氏が大平内閣の通産相に就任。 |
| 昭和55年(1980年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
2月10日 22万部達成祝賀会。秋田市「杉のや」で。 8月10日 販売店の後継者グループで構成する「魁新会」が誕生。初代会長に石川貞文を選出。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号120ページ。 UMS輪転機、22年間の任務を終え解体。 倉田社長の勲三等旭日中綬章の叙勲祝賀会、秋田市のニューグランドホテルで。 講読料1900円に。 大平首相の急死で、4年ぶりに号外発行。 亜鉛版から樹脂板に全面移行。(製版部) 本社別館完成。秋田市の第一ホテルで、県内各界の代表250人を招いて披露パーティー。3階建て別館の延べ面積913平方メートル。 |
| ●県内国内の出来事 |
4月4日 全国選抜高校野球で秋田商20年ぶりにベスト8に進出。 秋田市川尻小の長崎宏子さん、史上最年少の水泳五輪代表に。 県内に8月としては10年ぶりの異常低温注意報。 鹿角市の冷害被害46億円。 大館曲ワッパが国の伝統工芸品に指定される。 |
| 昭和56年(1981年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月4日 魁会新年幹事会で2年後の創刊110年を25万部で飾ることを申し合わせる。 県北青年部主催の第1回地引網大会、能代浜で。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号124ページ。 「レーガン米大統領、そ撃される」で号外発行。 横手支局移転新築。 秋田百科事典刊行。 湯沢支局、現在地に新築落成。 「秋田さきがけ」の電算編集オンラインシステムスタート。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月25日 秋田市長に高田景次氏3選。 新秋田空港が開港。秋田―東京間1時間で結ばれる。 秋田市で全国の高校生1万人が集い、全国高校総合文化祭開く。 長崎宏子選手(山王中)日本水泳選手権で100メートルと200メートル平泳ぎで日本新記録を出して優勝。 |
| 昭和57年(1982年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
3月 県北青年部、違法拡張対策勉強会、大館で。 10月26日 県南専売店会で各販売店を無線で結ぶ無線基地4局が開局。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号124ページ。 斎藤剛三秋田放送社長(元本社工務局次長)死去。64歳。 さきがけカルチャースクール開校。一般市民を対象にした文化事業に乗り出す。 一段15字から12字制に。文字を大きくして、紙面も刷新。 鹿角支局、現在地に新築。 ブレジネフソ連書記長死去で、号外発行。 創刊110年を期して25万部達成のための社内増紙対策本部(佐藤練三本部長)が発足。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月7日 秋田工、全国ラグビー準優勝。 田沢湖国体で秋田が女子リレーで優勝。皇后杯2位、天王杯3位。 県内の大雨被害、68億円。 旧尾去沢鉱山が「マインランド尾去沢」の観光鉱山として発足。 東北新幹線開業。本県への観光客誘致にも期待。 県と中国甘粛省、秋田市と蘭州市が友好提携の同時調印。 前知事の小畑勇二郎氏死去。 プロ野球の落合博満選手(若美町出身)が打撃3冠王に。 |
| 昭和58年(1983年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
7月24日 第1回県北拡張大会、大館市で。 9月23日 県南青年部主催地引網、象潟海岸で。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号128ページ。 ロッキード公判の田中元首相に対する求刑(実刑)で号外発行。 倉田社長、新聞放送生活50年を祝う会、アキタニューグランドホテルで。 夕刊4ページから8ページ建てに。紙面も大幅刷新。 日本海中部地震で号外発行。 秋田さきがけ政経懇話会10周年記念パーティー(アキタニューグランドホテルで。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月8日 全国高校スキー女子リレーで米内沢が優勝、大館桂も準優勝。 秋田経済大学に法学部新設。 日本海中部沖地震で死者83人、被害額約1500億円。 秋田魁新報社などが日本海地震の義援金1億6500万円余を被災地に贈る。 衆院解散。 |
| 昭和59年(1984年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
2月2日 「あすの郷土を読者と築く秋田さきがけ創刊110年」を代表標語に、各種記念行事を展開。 岩手日報青年部と交流会(田沢高原で) 7月15日 県南専売店会設立20周年記念式典(大曲グランドホテルで) 8月 県北青年部会報第1号発行。 10月10日 県北青年部体育祭(大野台で) |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 元旦号128ページ。 創刊110年祝賀会、秋田キャッスルホテルで。県内外の招待客1000人を招く。 電算オンライン3500を導入。新聞製作のスピードアップ図る。 さきがけ文学賞ならびに創刊記念章を3氏、2団体に贈ったほか、花と木のある郷土づくり運動も県内各地で。 サテライト型オフ輪を新設、本格的なカラー印刷始まる。 |
| ●県内国内の出来事 |
4月27日 県立中央公園の総合運動場完成。 秋田テクノポリス開発計画、政府から正式に承認される。 県内初のFM放送局「エフエム秋田」の創立総会。 大雨で矢島線が不通。23億円にのぼる被害。 国鉄矢島線と鹿角線第三セクターの新会社設立総会。 |
| 昭和60年(1985年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月18日〜19日 ABC公査。 4月21日 総会、田沢高原駒ヶ岳観光ホテルで。 6月17日 県労働保険事務連合会から労働保険の功績で魁会が表彰。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月20日 販売正常化問題で全国各紙いっせいに正常化8項目を盛り込んだ「社告」を掲載。 本社当番社で、全日本広告連盟大会、秋田市で開催。 群馬山中に墜落した日航ジャンボ機の事故で夕刊発行。販売店のお盆休み返上。 「秋田さきがけN・W」(テレビ文字ニュース)が、秋田キャッスルホテルで放送開始。 本紙講読料1900円から2100円に。 本社で技術開発した電算編集「システム3500」の調整終了。「ACT(アクト行動の意)」と命名。この新聞製作方式は記事、写真、イラストなどをすべてコンピューターに画像入力して、新聞1ページを短時間に製作することが出来るほか、多色刷りのオフ輪とも組み合わせて、新聞製作の自動化体制を整えたもの。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月7日 全国高校ラグビーで、秋田工が16年ぶり14度目の優勝。 秋田市長選で高田景次氏4選。 全国高校スキー女子リレーで、米内沢が3連覇を達成。 東北新幹線の上野乗り入れで、秋田―首都圏が4時間45分に。 小坂鉄道花岡線が廃止。 「エフエム秋田」開局。 秋田―函館線の空路開設。 プロ野球ロッテの落合博満選手が、2度目の三冠王に。 国鉄阿仁合、角館両線が第3セクター「秋田内陸線」として開業。 |
| 昭和61年(1986年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
3月 販売店間の連絡を密にする移転転出のキャンペーンを実施。 4月20日 総会、鹿角市の「姫の湯」ホテルで。 7月17日〜18日 ABC販売店公査 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
3月20日 秋田県最新情報地図発刊。 再興第70回院展秋田展開く。 紙面刷版の一環として、経済面の内容充実を図るため「ソフト経済」欄(朝刊毎週水曜日)を新たに設ける。 5月1日 全国紙が相次いで講読料上げ。統合版2100円に。 県、秋田市、本社など8団体が主催し、秋田市向浜の県立スケート場、県立球場を会場に「秋田博’86」が開幕。期間は8月24日までの38日間。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月1日 衆院の佐々木義武代議士が引退表明。秋田高、21年ぶりに春の選抜高校野球に出場決定。 秋田市新屋の十条パルプ解散。 衆参同日選挙。自民党6、社会党は1議席減の2、共産党は1議席を失いゼロ。参院は佐々木満氏3選。 京都での全日本学童野球で、牛島スポーツ少年団が全国優勝。 衆院連続9回当選し通産大臣などを務めた佐々木義武氏死去。 国土計画が森吉山スキー場建設で、県に事業執行の認可申請。 |
| 昭和62年(1987年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月 「秋田博’86」の前売券販売促進で、倉田会長から秋田魁会および同会販売促進実行委員会(佐々木隆郎委員長)に感謝状贈る。 2月3日 チラシ宅配委員会設置。四月から実施される「郵トピア」構想は販売経営に重大な影響を与えるとして、郵政大臣あてに要望書を提出。 総会、男鹿観光ホテルで。25万部達成のための二次、三次の増紙計画示される。 7月7日 チラシ対策小委、新潟日報の販売会社を視察。 9月1日 県内に7営業所を置く「さきがけ折込センター」発足。 12月1日 同センター秋田営業所で宅配サービスの営業開始。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
5月20日 春の園遊会に佐藤本社社長招かれる。 第20回「全国新聞広告審査研究会」が秋田市で開かれる。 本社広告局企画の〈ふりかえれば50年・・・金婚おめでとう〉が第7回全国新聞広告賞を受賞。2度目の栄誉に輝く。 |
| ●県内国内の出来事 |
4月12日 統一地方選で、佐々木喜久治知事3選。 県内フェーン現象で気温上昇、秋田市で観測史上最高の28度を記録。 県内異常低温で霜被害、果樹中心に約5億円。 生産者米価、31年ぶりに5.95%の引き下げ。 県内に集中豪雨、田畑被害8千ヘクタールなど被害総額120億円に。 日本水泳選手権で長崎宏子が200メートル平泳ぎで史上最多の8連覇。 県北部漁協で季節ハタハタ一日量として10年ぶりの豊漁。 |
| 昭和63年(1988年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月7日 新年幹事会で、40回記念事業運営委員会設置を決める。 4月17日 39回総会、田沢高原「山麓荘」で。 4月19日ー22日 本社および販売店のABC公査。 6月23日 秋田市内新屋地区で初の宅配を実施。 県北後継者ゼミ、秋田市で。 本年度最後の「全店統一拡張会」県内各地区で。ソウル五輪PR版発行。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月25日 倉田儀一代表取締役会長が退任。 役員担当変更に伴う各局長の異動。高瀬常務は管理、販売、制作の統括および関連会社担当となり、取締役神成制作局長が販売担当役員に。仁村局次長が販売局長に発令された。 佐藤練三社長辞任、新社長に鈴木哲郎専務が就任。 本紙の紙齢3万5000号を迎える。販売店にも祝金。記念特集号を発行。 社内事務部門の電算化が本格稼働。これまで手書きであった販売店への計算書などが全面的に電算処理された。 「ソウル五輪」開幕。夕刊2版地域を拡大し、朝夕とも1時間締め切り時間を延長の特別体制を敷く。 休刊日に当たる「秋分の日」だったが、「ソウル五輪」や天皇陛下のご容体の関連で、夕刊を特別発行。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月13日 直木賞に県出身作家阿部牧郎の「それぞれの終楽章」が決定。 岩城ゴルフ場問題で、県が調査結果を県議会に報告。 旭川市で開かれた全国高校スキー大会で、県勢大活躍。女子リレーで大館桂が優勝、木村優子(大館桂)が女子5、10キロで優勝。 全国高校選抜フェンシング大会で男、女とも合川高が優勝。 秋田市で日本法医学会総会(文化会館で) 日本海中部地震から5年目「県民防災の日」に各市町村で防災訓練。 ソウル五輪レスリングで、県出身の佐藤満選手が「金」、太田章選手が「銀」と大活躍。 |
| 昭和64年〜平成元年(1989年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月 魁会結成40周年の記念行事の一環として、魁会の「四十年の歩み」(八つ切り変形版200ページ)を発刊。 平成元年度の総会と、魁会結成40周年記念式典を秋田市のニューグランドホテルで開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月1日 購読料を月ぎめ2300円に。 紙名を『秋田魁新報』に改題して100年を迎える。 購読料を月ぎめ2360円に(消費税3%導入により)機構改革。大館、横手支局を『総局』に、南秋田河辺担当を『南秋田河辺支局』とする。 アトリオン併設の秋田市美術館に展示する作品購入費用として1000万円を秋田市に寄付。 「キグレサーカス秋田公演」を秋田駅東口特設会場で開く。8月27日まで。 創刊115年題号百年記念事業に『秋田蘭画』を出版。 創刊115年題号百年記念事業、県演能推進委員会の『薪能』を千秋公演本丸で開催。 輸送部金田四郎部長代理が交通栄誉章緑十字銅章を受章。本社4人目。 第52回秋田書道展。『魁星賞』を新設、3人に授章。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月7日 天皇陛下が崩御。新天皇に皇太子明仁親王がご即位。 初の大型間接税、消費税がスタート。 日本で初の国連軍縮会議が京都市で開幕。 雄和町が米国ミネソタ州立大学機構秋田校設立で同機構と調印。 竹内内閣が総辞職。宇野宗佑氏(66)が衆院本会議で第75代、47人目の首相指名。村岡兼造氏が郵政相に。 歌手美空ひばり(本名加藤和枝)死去、52歳。 宇野内閣総辞職。在任期間は68日間で戦後3番目の短命内閣。海部氏が第76代首相確定。 横綱千代の富士が国民栄誉賞受賞。 秋田市の秋田総合生活文化会館・美術館(アトリオン)開館。
この年、バブル経済ピーク。 |
| 平成2年(1990年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月5日 平成2年度秋田魁会総会が秋田市の秋田キャッスルホテルで開催。 5月20日 中仙球場において県南県北青年部野球交流会が開催され11対8で県南青年部が勝利。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
3月28日 株式会社さきがけ折込センター創立総会。 朝刊建てページを12ページから14ページ(木・日曜日は16ページ)に変更。11年ぶり。 ブラジルサンパウロ氏の邦字新聞パウリスタ新聞社と業務提携。 平成元年度毎月勤労統計調査で労働大臣表彰を受ける。 電算制作の編集機2台を増設。 発行部数25万140部となる。 |
| ●県内国内の出来事 |
4月9日 高田景次秋田市長が健康上を理由に辞任。 秋田市立美術館を改修し、佐竹史料館を開館。 天皇家二男、礼宮文仁親王(24)紀子さま(23)の「結婚の儀」 あきたこまち、一類昇格。 五城目町で皇室神事「悠紀斎田抜穂の儀」。 田沢湖町にある玉川ダムが19年がかりで完成。 長崎県島原半島の雲仙普賢岳(1359メートル)が約200年ぶりに噴火。 第2次海部改造内閣が発足。運輸相に村岡兼造氏、総務庁長官に佐々木満氏入閣。 |
| 平成3年(1991年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月5日 平成3年度秋田魁会総会が秋田市のセレモニーへいあんで開催。 1日から自転車賠償責任保険制度がスタート。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月 1月定数で25万部達成。 購読料月ぎめ2750円に。 発行部数25万部達成記念祝賀パーティーを秋田キャッスルホテルで開く。 総会後の取締役会で代表取締役社長に林善次郎を選任。 元会長倉田儀一死去。81歳。 本社と秋田放送のほか関連企業および倉田家の合同葬をセレモニーホールへいあんで行う。 製版部にスキャナート450を導入。 朝刊から基本文字を拡大。縦2.79ミリ、横3.35ミリの偏平文字で1行12字、1段82行となる。 新社屋建設・輪転機更新などをきっかけとして経営改善委員会が発足。 |
| ●県内国内の出来事 |
4月7日 統一地方選第1弾の県知事選では佐々木喜久治氏4選。 長崎県雲仙岳で大規模火砕流が連続発生。 秋田自動車道横手ー秋田間が開通。 長崎県普賢岳北東斜面で最大規模火砕流。小学校、民家など計177棟焼失。 台風19号の記録的強風で被害が続出。九州から東北の15府県で計47人が死亡、6人が行方不明。秋田市では最大瞬間風速51.4メートルと秋田地方気象台観測史上最高を記録。 閣議で海部内閣総辞職。宮沢喜一自民党総裁を第78代、49人目の首相に選出。
この年、バブル経済崩壊。 |
| 平成4年(1992年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月 従業員の定着性確保のため年少者を対象として「新聞少年報奨金制度」をスタート。 2月 新聞が訪問販売法の指定商品に追加され、新しい「購読契約書」に切り替えに。 平成4年度秋田魁会総会が岩手県のつなぎ温泉開催。 販売店従業員の福利厚生として、秋田市地区販売店を対象に「海の家利用券」を本社とタイアップして実施。 新聞休刊日、販売店従業員慰労のため三連休(夕刊―朝刊―夕刊)が実施される。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
4月7日 火曜日夕刊掲載『スポーツウィークリー』が1992年度ミズノスポーツライター賞に選ばれる。賞金100万円。 9月1日 死亡広告の基本文字を110正方文字に拡大。1行29字から23字に変更。 奈良洋取締役が常務取締役に昇任。 ラジオ欄の番組表文字を1倍から110正方文字に拡大、4段組みから5段組みに改編。 総合広告代理店「サキガケアドセンター」発足。 編集局に記者ワープロ配布。シャープWD−A751を55台、同WV−700を35台、合計85台。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月15日 アルベールビル冬季五輪。日本のメダル7個は冬季五輪最高。 バルセロナ五輪の競泳女子2百メートル平泳ぎで14歳の岩崎恭子が2分26秒65の五輪新で金メダル。30日、柔道78キロ級の吉田秀彦、31日同71キロ級の古賀稔彦が金メダル。 バルセロナ五輪女子マラソンで有森裕子が銀メダル。 3漁協が資源保護と回復へハタハタを3年間全面禁漁に。 日本人宇宙飛行士毛利衛さんが搭乗した米スペースシャトル「エンデバー」打ち上げ成功。 来年4月に羽後と秋田あけぼの両銀行が合併へ。11月24日、新行名「北都銀行」に決定。 向井千秋さん(40)が日本人女性初の宇宙飛行士として94年夏米スペースシャトル「コロンビア」へ搭乗決定。 |
| 平成5年(1993年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月5日 平成5年度秋田魁会総会が鹿角市の湯瀬ホテルで開催。 第1回「新聞販売の将来を考える全国フォーム」が新潟日報会/新潟日報社の主催で開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
4月1日 神谷正恭氏が販売局長に発令される。 テレビ欄番組表の文字を新しい拡大文字(縦9.2U横11U)に替える。 新社屋に新型輪転機(カラートップ)の据え付け開始。 本社創刊120年記念事業の一環として、「北京故宮博物展秋田展」が、10月30日から11月24日まで、アトリオン千秋美術館にて開催。 12日夜発生した北海道南西沖地震の被災者に対する見舞金募集開始。8月19日、集まった1億2925万9368円を北海道新聞を通じて寄贈。 「あきた さきがけブック」シリーズを発売。1回目は5冊同時出版。 鎌田善広写真部員の写真掲載『近い春遠い春』が東北写真記者協会の企画部門賞に入賞。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月15日 北海道から東日本一帯に地震。「平成5年釧路沖地震」。 カンボジアの国連平和維持活動(PKO)で、陸上自衛隊北部方面隊を中心に編成された第2次施設部隊600人の派遣が完了。 雲仙普賢岳の水無川などで土石流発生。民家など四百八棟が被害。 皇太子さまと小和田雅子さまの「結婚の儀」が皇居で行われ、東宮仮御所までパレード、沿道に約19万人。 「北海道南西沖地震」発生(M7.8)、日本の地震津波災害としては戦後3番目の被害。 細川護熙首相に選出、土井たか子衆院議長に選出、憲政史上初の女性議長。 花輪高出身の浅利純子が世界陸上の女子マラソンで優勝。9月29日に県民栄誉章。 ブナ原生林白神山地が世界遺産に登録される。 |
| 平成6年(1994年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月5日 平成6年度秋田魁会総会が男鹿市の男鹿ホテルで開催。 新社屋完成記念像「夕べのマンドーラ」(工藤健)の贈呈式が、11時より、木村会長はじめ魁会三役が出席し、本社社長室で行われた。 ふるさとのゆとり生活誌「郷」の創刊号が完成。「秋田の地域情報」が満載。 創刊120年新社屋落成祝賀パーティが、11月22日12時より秋田キャッスルホテルで開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月1日 購読料を月ぎめ2950円に。 朝刊1面の天気図のカラー化を開始。ただし同面にカラー写真やカラー広告が入る場合だけ。 建設中の新社屋「定礎式」を行う。 夕刊を新社屋の新輪転機で印刷開始。 全業務を新社屋で開始。 発行部数25万7777部となる。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月29日 大館市の深沢、松峰鉱山閉坑。これで本県からヤマが消滅。 秋田市土崎港に高さ143メートルの展望施設「ポート秋田」、愛称セリオンがオープン。 横手市に本県の文化と観光の拠点、秋田ふるさと村かまくらんど開村。 新生党党首の羽田孜副総理兼外相を第80代首相に選出。 台北発の中華航空エアバスA300が名古屋空港で着陸に失敗し墜落、炎上、乗客乗員264人死亡。 村山富市社会党委員長が旧連立与党支持の海部を破り81代首相に、47年ぶり社党首相。 日本初の女性宇宙飛行士、向井千秋さんら7人を乗せた米スペースシャトル「コロンビア」打ち上げ。 各地で猛暑、東京で観測史上最高39.1度。 静岡県天竜市で40.6度。 秋田市で連続12日間真夏日を記録。13日には気温35.6度。 関西国際空港が開港、日本初の本格的海上、24時間空港、21カ国地域、39都市と直結。 94年ノーベル文学賞に大江健三郎氏、日本人のノーベル賞受賞は8人目。 |
| 平成7年(1995年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
3月 阪神大震災の義援金として、神戸新聞販売店へ50万円を寄附。 4月23日 平成7年度秋田魁会総会が秋田市の秋田ビューホテルで開催。 5月16日 「再販」全国大会。日本新聞販売協会主催の「再販を守り、正常化をすすめる全国大会」が東京で開催。 7月22日ー8月27日 本社事業として6年ぶりに「キグレサーカス」開催。 11月 「新聞折り込み広告基準」のリーフレット。新聞折り込み広告基準が改正。 11月14日 第2回販売フォーラムが新潟日報会/新潟日報社の主催で開催。 12月 「再販売価格維持」の署人運動に約2万人の署人。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月15日 阪神大震災見舞金として本社から神戸新聞社に100万円を贈呈。 3月定数で26万部達成。 「阪神大震災の被災者救援に役立ててください」と、秋田魁新報社、ABS秋田放送、AKT秋田テレビの代表が、神戸市の兵庫県庁を訪れ、芦尾長司副知事に本県県民から寄せられた見舞金4億1402万5761円の目録を手渡した。 本社の第99回定時株主総会で、取締役に林善次郎、奈良洋、藤川浄之、伊藤彊、杉渕廣氏らが再任、新たに近江清、佐藤暢男の両氏を選任。 新社屋中庭の植え込み部で、本社部長会と役員寄贈によるベニヤマザクラの植樹祭 阪神大震災で壊滅的な打撃を受けた神戸新聞の荒川克郎社長と稲垣嗣夫専務ら一行4人が、震災見舞に対するお礼のため本社を訪問。 「県民防災の日」に「地震防災マニュアル」を発行。 「ふれあい北の街」。県北地区の住民に本紙をPRするタウンページ第1号(タブロイド版4ページ)が発行。 林社長が「東北ラウンドテーブル95」の閉会セレモニーで貴重なテレビ対談。 本社主催の37日間のキグレサーカス公演が閉幕。入場者数は13万2000人。 広告局の「秋田の学校事始め」が、日本新聞協会主催の「新聞広告賞」で、新聞社企画部門の奨励賞に輝いた。 本年度のさきがけ文学賞は秋田市の宮越郷平さんが入選。 本社新社屋の見学者が11月初旬に1万人を突破、末現在では1万1029人(404件)。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月17日 阪神大震災(兵庫県南部地震)。 東京都心部の営団地下鉄車内などに猛毒神経ガス「サリン」がまかれ、乗客や駅員ら12人死亡、手当を受けた被害者約5500人。 東京外国為替市場の円相場が一時1ドル=79円75銭と、世界主要市場で初の80円突破。 大潟村で世界初の自作電気自動車省エネレース「1995ワールドエコノムーブ」開催。 東京の地下鉄サリン事件で、警視庁はオウム真理教が組織的に猛毒のサリンを製造、地下鉄で使用したと断定、殺人、殺人未遂容疑で教団代表で教祖の麻原彰晃容疑者を逮捕。 日本人の平均寿命は女性82.98歳、男性76.57歳、ともに長寿世界一。 衆院旧秋田1区選出の野呂田芳成氏(65)が農林水産大臣。 本県のハタハタ漁が3年3ヵ月ぶりに解禁。 東京、大阪地裁がHIV(エイズウイルス)訴訟で国と製薬会社の救済責任指摘、和解勧告、和解案は1人4500万円の一時金支給が柱。 米大リーグ、ドジャースの野茂英雄投手がナショナルリーグの新人王、日本人初。 政府がオウム真理教に破壊活動防止法の団体規制適用を決定。 |
| 平成8年(1996年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月 交通災害共済保険契約を改正(記人無記人を廃止し、全従業員を24時間保証する)。 5月6日 平成8年度秋田魁会総会が田沢湖町のプラザホテル山麗荘で開催。新会長に平沢国男を選出、前会長木村一治は名誉会長に。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月1日 「さきがけスポーツ発刊準備室」設置。 東北5社の「緊急事態発生時における新聞発行援助の申し合わせ」に基づき、秋田魁新報社が山形新聞社と「緊急時の新聞発行の相互支援協定」に調印。 「さきがけスポーツ」の紙面提携調印式が、秋田魁新報社と産経新聞社双方の代表が出席して東京大手町の産経新聞社で行われた。 整理部と校閲部が統合。 さきがけスポーツが発刊される。 装いを新たに「さきがけカルチャースクール」の「大町本校」(旧秋田魁新報社別館)、「キャッスル校」(キャッスルプラザ3階)が同時開講。 県北経済懇話会が会員108人で正式に発足。 東北7県合同の「東北ラウンドテーブル」が秋田市で開催。 「さきスポ」のイメージキャラクターの呼称が「星丸くん」に決定。 販売促進のキャッチフレーズ「アタック263」を掲げた増紙キャンペーン展開で、「秋田魁新報」の発行部数が26万1399部に。 |
| ●県内国内の出来事 |
1月11日 橋本龍太郎自民党総裁が第82代首相に指名。 県の食糧費旅費全庁調査で不適正執行額が8億1900万円にのぼった。主席課長補佐以上の幹部約700人で返還へ。 秋田市を会場に「東北をみつめる・想う・創りだす」をテーマとした東北ラウンドテーブル96が開かれる。 大阪府堺市の小学校33校で児童255人が食中毒症状、14日になって病原性大腸菌「O157」による集団食中毒と断定。 アトランタ五輪柔道女子61キロ級で恵本裕子選手が今大会日本初の金メダルを獲得。 寅さんで人気の俳優、渥美清さんが4日に死去していることが判明。8日に国民栄誉賞授与。 モナコで開かれた国際ワールドゲームズ総会で2001年大会開催地に本県決定。 第2次橋本内閣が発足。
山一証券自主廃業。 神戸市連続児童殺傷事件。 |
| 平成9年(1997年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月 「わかりやすい新聞販売の諸規則(改訂2版)」が発刊、配布。 1月30日 公取委東北事務所主催の「再販を考えるシンポジウム」を、仙台市内のホテル白萩で開催。魁会から、平澤会長、佐々木(花輪北)副会長、佐々木(神宮寺)副会長、進藤副会長、加賀谷常任幹事が出席。本社からは、神谷販売局長ら2人が出席。 秋田魁会の平成9年度総会が鹿角市の湯瀬ホテルで開催。『秋田魁新報本紙安定26万部、さきがけスポーツ3万部達成』を目標に。 7月 50回記念総会事業のひとつとして、魁会のバッジを製作。会員と魁新会会員に配布。 仙台フォーラムに30人が参加。=明日の新聞販売像を考える=ゆめのフォーラム・イン・仙台が、仙台市で開催。 10月19日 「秋田魁従業員10年勤続表彰」を「新聞配達の日」に実施。勤続10年〜19年の従業員を対象に580人を表彰。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月6日 社員食堂がメニューを一新し新食堂としてオープン。平成9年の仕事始め。新規事業として住宅展示場開設。 第101回定時株主総会で神谷正恭販売局長が取締役に就任。 印刷、発送部を統合。 購読料を月ぎめ3007円に(消費税5%に改正) 本県に21世紀の幕開けを告げる「秋田ワールドゲームズ2001」の組織委員会設立総会開催。林善次郎本社社長が組織委員長に選任。 編集局は、パソコンに記者専用ワープロソフトを搭載した記者端末を導入。 ラハイィ大会にワールドゲームズ組織委員、北欧の翼チャーター実行委員とタイアップして300人近い大デレゲーションを送る。 秋田市横森3丁目の横山金足線沿いに県内最大規模の「さきがけハウジングパーク」がオープン。30日の誕生祭には市民約3000人で賑わう。 日本新聞協会主催による第36回「全国新聞社広告責任者会議」が、秋田市の秋田キャッスルホテルを主会場に開催。 米国でも人気のある全国紙「USA TODAY」と記事の特別配信契約締結。 秋田市御所野でさきがけ折込センター新築工事の起工式。新社屋は2月完成予定。 現在使用している新聞制作システムPRESS/FWの2000年問題対応の一環として、ホストコンピューターを更新。「GS8300」を導入。 |
| ●県内国内の出来事 |
3月3日 佐々木知事が3月31日で退職したいとする辞職申出書を県議会議長に提出。 秋田新幹線が開業。 税率3%の消費税が5%にアップ。 世界陸上選手権女子マラソンで鈴木博美選手が優勝、日本は女子マラソン団体でも金メダル。 第54回ベネチア国際映画祭で北野武監督脚本主演の「HANABI」がグランプリ獲得。 第2次橋本改造内閣が発足。 パリの世界柔道選手権女子48キロ級で田村亮子選手優勝、日本女子初の3連覇達成。 サッカーの98年W杯フランス大会アジア第3代表決定戦で日本がイランを下し初出場決定。 日本人宇宙飛行士、土井隆雄さんを乗せた米スペースシャトル、コロンビア打ち上げ。24日には日本人として初の船外活動。 山一証券が自主廃業決定、事実上の倒産、負債総額は史上最大の約3兆円。 |
| 平成10年(1998年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月1日 再販制度維持、景品規制緩和等への新たな対応が求められ、秋田魁会の経営対策部委員会(3月18日)と、青年部委員会さきがけスポーツ特別委員会(3月20日)が相次いで開催。 5月5日 平成10年度秋田魁会総会が田沢湖町の駒ケ岳観光ホテルで開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
1月21日 広告局に社長賞。平成9年は過去最高の売り上げ。さきがけスポーツの加藤聡記者が東北写真記者協会(新聞、通信、放送53社加盟)スポーツ部門賞を受賞。 平成10年の創刊記念日から本社のホームページが開設。海外からも祝福メール。 朝刊から紙面が朝刊を中心に大幅刷新。最終面にあったテレビラジオ欄が中面に見開き2ページで入り、最終面は総合社会面に。 「さきがけ折込センター」(略称SIC/林善次郎代表取締役社長)の新社屋が、秋田市御所野に完成、営業開始。 本社仙台支社が新事務所開設。 景品規制緩和がスタートし、販売戦争に突入。 増えるカラーとデジタル化を視野に入れた新画像処理システム「レナトス」を導入、始動式。 秋田県美術展覧会40回記念展で過去最高の2000点超える。26人の功労者表彰も。 9月 ザ・ポップサーカスを本社、さきがけスポーツ、イオン秋田ショッピングセンターの共催で、12日(土)から10月16日(月)まで開催。 秋田さきがけ県南政経懇話会が、横手市の横手セントラルホテルで発足。 新しい事務システム「WIN」(sakigake Working Information Network system)始動。表計算など一般事務にも活用。 本社ホームページのアクセス件数が8カ月で10万件突破。1日に500件も。 |
| ●県内国内の出来事 |
2月1日 郵便番号7けたスタート。 第18回冬季オリンピック長野大会開幕。 長野冬季五輪閉幕、日本は史上最多の計10個のメダル獲得。 長野冬季パラリンピック大会が開幕。14日閉幕し、日本は大会史上最多の12個の金メダル獲得。 本州と四国を結ぶ世界最長の吊り橋、明石海峡大橋(全長3911メートル)が開通。 3月の完全失業率が3.9%と最悪記録更新。 若乃花が横綱昇進決定、史上初の兄弟横綱誕生。 小渕内閣が発足。 |
| 平成11年(1999年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
4月 「秋田魁会創立50年記念誌」を刊行。本紙発行部数26万5千部を目指して増紙運動スタート。 秋田魁会50回記念総会を秋田キャッスルホテルで開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
3月23日 定時株主総会後の取締役会で、林善次郎取締役会長、佐藤暢男代表取締役社長を選任。神谷取締役販売局長が常務取締役販売局長に。 新輪転機システムが稼働。朝刊16個面カラー化実現。県北・中央・県南版を朝刊に常設。 |
| ●県内国内の出来事 |
docomoがiモードサービス開始。 |
| 平成12年(2000年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
10月22日 「新聞販売最新機器フェア」が魁会と本社共催で秋田市で開催される。 魁会の会報「ばっけ」が創刊。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
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| ●県内国内の出来事 |
雪印乳業集団食中毒発生。 |
| 平成13年(2001年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月6日 男鹿観光ホテルにて第52回秋田魁会総会が開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月 新販売局長に地主徹弥氏 |
| ●県内国内の出来事 |
米国同時多発テロ発生。 |
| 平成14年(2002年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
3月17日 「先進新聞社販売店視察研修」で京都新聞社および系統販売店を視察。 5月6日 プラザホテル山麓荘で第53回秋田魁会総会を開催。(26万5千部達成を祝う) |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月度定数で26万5千部を達成。 |
| ●県内国内の出来事 |
ブログが全国で広がる。 |
| 平成15年(2003年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月6日 鹿角市のホテル鹿角で第54回秋田魁会総会を開催。
全国販売フォーラムで土崎販売所の加賀谷毅がパネリストを務める。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
4月 統一地方選挙があるため4月の休刊日を返上 |
| ●県内国内の出来事 |
六本木ヒルズオープン。 |
| 平成16年(2004年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
5月5日 秋田キャッスルホテルで第55回秋田魁会記念総会。 10月22日 木村一治名誉会長逝去。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月 本紙創刊130年 10月31日 「さきがけスポーツ」休刊。 |
| ●県内国内の出来事 |
ライブドアと楽天の新規球団参入が話題に。 |
| 平成17年(2005年) 先頭へ |
| ●秋田魁会の出来事 |
1月17日 4月から実施される「個人情報保護法案」についての講習会を開催。 5月5日 プラザホテル山麓荘で第56回秋田魁会総会を開催。 |
| ●秋田魁新報社の出来事 |
2月 新販売局長に奈良年明氏 |




